サルトル
この身なりかまわぬ、汚ならしくて、陽気な小男は、博識のために行方を失うということがなかった。
私は彼の小さな後ろ姿に “ 巷の哲学者 ” の印象をうけて見送った。
彼は、その前夜、バスチーユ広場の群衆の中にいた。
殺到する国警の棍棒の中で、逃げまどう群衆の一人として、短い足で外套をひきずりひきずり必死になって凍てついた舗石のうえを走りまわっていたのである。
あれほど広大で濃密で聡明な、また、ときほぐし難く錯綜した、思考の肉感の世界をペンで切りひらいておきながら、もっとも単純な正義への衝動を失っていない。
四方八方を完全に閉じられた、敗れることのわかりきった広場へ殴られにでかけている。
書斎で彼は、何度となく、あらゆる角度から、知識人の非行動性についての憎悪と焦燥と絶望を描いたが、自身は明晰なままでとどまっていられないのだ。
開高健ルポルタージュ選集『声の狩人』より
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いったい国家はいつに・・・
いったい国家はいつになったら誇りと偏見を去って怪物でなくなり得るのか。
いつになったら軍縮があるのか。
すくなくともツバがとんでいるあいだ灰がとばないのなら、いつまでも会議をつづけているほうがいいというくらいのことしか言えない。
今夜も憂鬱がたちこめて眼がよく見えないようである。
血が冷えてどうしようもない。
開高健ルポルタージュ選集『声の狩人』より
アメリカ人にもし脅迫・・・
アメリカ人にもし脅迫観念があるとすれば、オレハ十二分ニ能率ヲ上ゲテイルダロウカというつぶやき、
フランス人に脅迫観念があるとすれば、オレハ十二分ニ楽シンデイルダロウカというつぶやき、
そして私たち日本人は、ひっきりなしに、夢のなかまで、オレハ十二分ニ働イテイルダロウカ、何デモシナケレバナラヌとつぶやきつづけているのである。
『声の狩人』より
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