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これからあとの人生は・・・


これからあとの人生はオマケだ。


1964年2月14日、ベトナム戦争に従軍していた開高健は、ジャングルでベトコンに包囲され一斉攻撃を受ける。
生存者は200名中わずか17名。


『白いページ』より

全土、全人民、全武器・・・

全土、全人民、全武器、朝から晩まで、季節を問わず、戦争は巨大で微細な多頭多足の不死の怪物となってこの小さな国でのたうちまわっているのである。


『ベトナム戦記』より

この広場では、私は見・・・


この広場では、私は《見る》ことだけを強制された。

私は軍用トラックのかげに佇む安全な第三者であった。

機械のごとく憲兵たちは並び、膝を折り、引金をひいて去った。

子供は殺されねばならないようにして殺された。

私は目撃者にすぎず、特権者であった。

私を圧倒した説明しがたいなにものかはこの儀式化された蛮行を佇んで《見る》よりほかない立場から生れたのだ。

安堵が私を粉砕したのだ。

私の感じたものが《危機》であるとすると、それは安堵から生れたのだ。

広場ではすべてが静止していた。

すべてが薄明のなかに静止し、濃縮され、運動といってはただ眼をみはって《見る》ことだけであった。

単純さに私は耐えられず、砕かれた。


『ベトナム戦記』より

もし少年をメコン・デ・・・


もし少年をメコン・デルタかジャングルにつれだし、マシン・ガンを持たせたら、彼は豹のようにかけまわって乱射し、人を殺すであろう。


あるいは、ある日、泥のなかで犬のように殺されるであろう。

彼の信念を支持するかしないかで、彼は《英雄》にもなれば《殺人鬼》にもなる。

それが《戦争》だ。


『ベトナム戦記』
より

人間は何か自然のいた・・・


人間は何か《自然》のいたずらで地上に出現した、大脳の退化した二足獣なのだという感想だけが体のなかをうごいていた。



『ベトナム戦記』
より

自制はたしかにアジア・・・


" 自制 "はたしかにアジアでもっとも発達した感情である。


それは諦念、謙譲、自己犠牲などの形をとってあらわれる。

アジア人は劇としての沈黙の効果を精密に知り、劇場から町、道路、部屋、宴会、独居、妻、友人、闘争、和解、ありとあらゆる場所と瞬間に技を精錬することにつとめる。


『ベトナム戦記』
より

照明弾は落下傘につる・・・


照明弾は落下傘につるされてゆっくりとおち、空と乱雲と川と貧しい町をあかあかと照らしだした。

迫撃砲の火線が椰子の梢と屋根の黒い影をこえ、空に走った。

大型軍用トラックが五台、兵隊を満載し、寝静まった町をふるわせてどこかへ疾走していった。

誰一人として見物にでてくる者もない。

これがこの国の日常なのだ。

どこかの掘建小屋でラジオがものうくシャンソンを流していた。



『ベトナム戦記』より

" I am very sorry. "


" I am very sorry. "(たいへんすみません)


満月のハイ・ウェイを戦略村に向かって歩きながら中学生のように小さいその砲兵隊将校は私にあやまった。

" Oh. What has happened ? "(どうしたんです?)

将校はぽつりと、ひとこと

" My country is war. "(私の国、戦争です)

とつぶやいた。


『ベトナム戦記』より