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「開高健とベトナム」展

青梅市立美術館で、「開高健とベトナム」展が開催されます。

2010/02/03〜17、二週間と短い間ですが、ぜひ時間をつくって行きたいと思います。

開高健、平和へのメッセージ 来月青梅で

平和運動家や釣り師としても活躍した作家、開高健(1930〜89年)が朝日新聞社の臨時特派員として戦時下のベトナムへ赴いた時の資料などを公開する「開高健とベトナム」展が2月3〜17日、青梅市立美術館で開かれる。戦争を批判し、平和を希求し続けた作家の遺品がメッセージを発信する。

展示品は、開高が58歳で没するまで晩年を過ごした住居で、現・開高健記念館(神奈川県茅ケ崎市)が保存する遺品の数々。従軍記者のとき身につけていたヘルメットや双眼鏡、水筒など装備品のほか、「弾よけ」のおまじないとして肌身離さず持っていたオイル・ジッポ・ライターなどの現物約20点。ほかに執筆活動や平和運動、釣り紀行の様子などを伝える写真パネル約100点も展示する。

asahi.com より

青い白昼のなかに草い・・・


青い白昼のなかに草いきれがたちこめ、遠くでニワトリの鳴声がするほか、何の物音も聞こえない。

風もなく、匂いもなく、ただ正午すぎのむっちりとうるんだ、蒸暑い静謐のなかで無数の花が血のように閃いている。


開高健ルポルタージュ選集『サイゴンの十字架』より

いつかロバート・キャパ・・


いつかロバート・キャパが日本へきて、東京を観察し《ピクトリアル・パラダイス》、写真の天国だといったことがあった。

その口調を借りると、サイゴンは《リテラリ・パラダイス》、文学の天国だといえそうである。


開高健ルポルタージュ選集『サイゴンの十字架』より

ひとくちに戦争といっ・・・


ひとくちに "戦争" といってもその様態は無数であり、経験は無数であり、記憶もまた無数であって、こまかく痛切なところで話し合っていくと、やがて、どう手のつけようもなく彼我のあいだに茫漠とした薄命の、まさぐりようのない地帯がうかびあがってくることを痛感させられて、沈黙せずにはいられなくなってくる。



『開口閉口』より

これからあとの人生は・・・


これからあとの人生はオマケだ。


1964年2月14日、ベトナム戦争に従軍していた開高健は、ジャングルでベトコンに包囲され一斉攻撃を受ける。
生存者は200名中わずか17名。


『白いページ』より

全土、全人民、全武器・・・

全土、全人民、全武器、朝から晩まで、季節を問わず、戦争は巨大で微細な多頭多足の不死の怪物となってこの小さな国でのたうちまわっているのである。


『ベトナム戦記』より

この広場では、私は見・・・


この広場では、私は《見る》ことだけを強制された。

私は軍用トラックのかげに佇む安全な第三者であった。

機械のごとく憲兵たちは並び、膝を折り、引金をひいて去った。

子供は殺されねばならないようにして殺された。

私は目撃者にすぎず、特権者であった。

私を圧倒した説明しがたいなにものかはこの儀式化された蛮行を佇んで《見る》よりほかない立場から生れたのだ。

安堵が私を粉砕したのだ。

私の感じたものが《危機》であるとすると、それは安堵から生れたのだ。

広場ではすべてが静止していた。

すべてが薄明のなかに静止し、濃縮され、運動といってはただ眼をみはって《見る》ことだけであった。

単純さに私は耐えられず、砕かれた。


『ベトナム戦記』より

もし少年をメコン・デ・・・


もし少年をメコン・デルタかジャングルにつれだし、マシン・ガンを持たせたら、彼は豹のようにかけまわって乱射し、人を殺すであろう。


あるいは、ある日、泥のなかで犬のように殺されるであろう。

彼の信念を支持するかしないかで、彼は《英雄》にもなれば《殺人鬼》にもなる。

それが《戦争》だ。


『ベトナム戦記』
より

人間は何か自然のいた・・・


人間は何か《自然》のいたずらで地上に出現した、大脳の退化した二足獣なのだという感想だけが体のなかをうごいていた。



『ベトナム戦記』
より

自制はたしかにアジア・・・


" 自制 "はたしかにアジアでもっとも発達した感情である。


それは諦念、謙譲、自己犠牲などの形をとってあらわれる。

アジア人は劇としての沈黙の効果を精密に知り、劇場から町、道路、部屋、宴会、独居、妻、友人、闘争、和解、ありとあらゆる場所と瞬間に技を精錬することにつとめる。


『ベトナム戦記』
より

正義が国家や企業のエ・・・


" 正義 "が国家や企業のエゴイズムの牙で両足をくわえられているかぎり、


ある人びとにとっての殺人鬼は国境を一歩こえれば救国の英雄である。


『声の狩人』より

おしゃべりは梅毒であ・・・


おしゃべりは梅毒である。


内省も梅毒である。

いまの私には平和が梅毒である。


『夏の闇』
より

ネズミ


ネズミ


ピアニストのような指をしている。

その肉は珍味である。

モルモットのフライは南米で、コウモリのスープはポリネシア諸島で、リスのパイはカナダで、また東南アジアでは揚げてよし、焼いてよし、煮てよしの三拍子で、争って食べられる。

蒙古の大草原ではタルバガンの水煮や蒸焼が珍味中の珍味である。

煮れば煮るほどうまくなり、冷めれば冷めるだけうまくなる。


『ALL WAYS』より

戦争


戦争


何十万発の弾丸が、いかなる動機から発射されようと、一発として流れ弾丸などというものはないと、哲学者なら考える。


『ALL WAYS』より

ある時、1968年で・・・


ある時、1968年ですがたまたまやっぱり最前線でしたけれども、魚釣りに行ったの。


戦争しているところへ。

それで皆さんお笑いになる。

私も自分でサイゴン出る時笑ったんで、人が生きるの死ぬの殺し合いしている最中に魚釣りとは何事か、といってほっぺた張りとばされたら、素直に黙って右のほっぺた差し出して、

「もう一つ張っておくんなはれ」

と言おうと思って行ったんですが、現場へ行くとまったく逆で大歓迎。

それで水を持ってきて飲めと言ったり、村長が出てきてバナナくれたりね。

そっちの所じゃダメだからこっち行って釣れとかね。

エラい優しいんです。

一宿一飯の仁義を尽くしてくれるんです。


講演『地球を歩く』より