直筆原稿版『夏の闇』(原寸大・函入・部数限定)
小説家・開高健が心血を注いだ代表作を、408枚の直筆生原稿そのまま、原稿用紙の質感に迫る原寸大で再現。
精緻で圧倒的な小説世界が、作家の筆遣い、息遣いとともに直に伝わってくる特別愛蔵版です。
担当編集者による解説、編集者マグナカルタ(直筆)なども同梱。
頒布価格15,000円(税込)
開高健記念会より
1989年12月9日、食道腫瘍に肺炎を併発し逝く。享年58歳。北鎌倉の円覚寺松嶺院に眠る。もう20年ですか。
橋の下をたくさんの水が流れました。
円覚寺は紅葉真っ盛りのようです。
どの酒でもそうだけど、口に入れたら、歯ぐきへまわしてしみこませるんだ。
そこでしばしためらって本質が登場するのを待ち、かつ、眺める。
歯ぐきはたいせつなんだよ。
『夏の闇』より
無数の作家たちが性の描写に熱中するほど眠りの描写に熱中しないのはどうしてだろうかと、うとうと考える。
『夏の闇』より
顔のヘンな魚ほどうまいものだよ。
人間もおなじさ。
醜男、醜女ほどおいしいのだよ。
『夏の闇』より
完璧なものは無残だっていうじゃない。だから応用なんてできないのよ。
『夏の闇』より
孤独に耐えられないために結婚を選ぶのなら、フランス人のいう、オムレツをつくるためには卵を割らねばならない、という諺にあうが、それならば、オムレツをつくったあとでそれが不出来なためにいわれもなく卵をののしってさびしくなるということも同時にあるのではないだろうか。
『夏の闇』より
はじめての町にいくには夜になって到着するのがいい。
灯に照らされた部分だけしか見られないのだからそれはちょっと仮面をつけて入っていくような気分で、事物を穴からしか眺められないことになるが、闇が凝縮してくれたものに眼は集中してそそがれる。『夏の闇』より
小さな死 La Petite Mort情事の直後の、短くて、深くて、完璧なとろとろの昏睡を、フランス人は、" 小さな死 "と呼ぶ。『ALL WAYS』
『夏の闇』『知的な痴的な教養講座』より
おしゃべりは梅毒である。内省も梅毒である。いまの私には平和が梅毒である。
『夏の闇』より
くちびるほど外光と視線にさらされ、たえまなく酷使されて、ほとんどそこにあることを感じさせられることも、めったに思いださせられることもなくなった器官はあるまいと思われるが、二時間も、三時間もかけて吸っていると、ふいにいっさいがとけてしまう瞬間がある。『夏の闇』より
私は栄養といっしょに思い出で体重がふえている。
思い出も贅肉となって体のあちらこちらにだらしない姿でぶらさがっている。
『夏の闇』より
旅はとどのつまり、異国を触媒として、動機として静機として、
自身の内部を旅することであるように思われるが、
自身をめざすしかない旅はやがて、遅かれ早かれ、ひどい空虚に到達する。
空虚の袋に毎日々々私は肉やパンや酒をつぎこんでいるにすぎないのではないか。 『夏の闇』より
最初の一匹はいつもこうなんだ。
大小かまわずふるえがでるんだよ。
釣りは最初の一匹さ。それにすべてがある。
小説家とおなじでね。処女作ですよ。
だからおれは満足できた。
もういいんだ。魚は逃がしてやりなさい。
おれたちは遊んでるんだ。『夏の闇』より
Fish and Chips
ロンドンでは屋台で " フィッシュ・アンド・チップス " といって売ってるでしょう。
ジャガイモの揚げたのと、イワシか何か小魚の揚げたの。
あれを買うと新聞紙を三角にした袋に入れてくれるわね。
そのときに注意しなけりゃいけないっていうのよ。
あれを下宿までさめずに持って帰りたかったらエロ新聞に包んでもらえっていうのよ。
そうしたらいつまでもホカホカあたたかいんですって。
まかりまちがっても「タイムズ」で包んでもらっちゃいけない。
たちまち冷凍になるそうよ。
『夏の闇』より

入ってきて、人生と叫び、
出ていって、死と叫ぶ。
『夏の闇』より