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さて、シングル・モル・・・


さて、シングル・モルトとブレンデッドのどちらがいいかーーーは、飲む人間の好みの問題である。

好きか嫌いかというだけのことである。

すべての批評はこれに尽きる。

その後のいっさいは、たわごとであるーーーと、正直ジョージ・オーウェルが文学批評について書いたことがあるが、ウイスキーについても同様である。


『知的な痴的な教養講座』より

どの酒でもそうだけど・・・


どの酒でもそうだけど、口に入れたら、歯ぐきへまわしてしみこませるんだ。

そこでしばしためらって本質が登場するのを待ち、かつ、眺める。

歯ぐきはたいせつなんだよ。



『夏の闇』
より

物には五味などという・・・


物には "五味" などというコトバではいいつくしようのない、おびただしい味、その輝きと翳りがあるが、もし "気品" ということになれば、それは "ホロにがさ" ではないだろうか。

ことに山菜のホロにがさである。

それには "峻烈" もあり、"幽邃" もこめられているが、これほど舌と精神をひきしめ、洗い、浄化してくれる味はないのではないだろうか。

ひとくちごとに血の濁りが消えていきそうに思えてくる。


『白いページ』より

ぶどう酒の鑑定は一つ・・・


ぶどう酒の鑑定は一つしかない。

レッテルではなく舌だ。

君がウマイと思えば、酒はそれで成就するのだ。


『開口閉口』
より

酒を飲んでいるとたい・・・


酒を飲んでいるとたいてい昔のことを思いだす。

昔のことを思いださずに酒を飲むというようなことはあり得ないね。

ということはダ、なつかしいか、にがいか、それは人によるとして、つまり弔辞を読んでいるということなんだよ。

みんな酒を飲むときはそれと知らずに弔辞を読んでいるのだよ。


『白いページ』より

フィクションはブドウ・・・


フィクションはブドウ酒と同じで寝かせておく必要がある。



『悠々として急げ』より

人間、何にでも慣れら・・・


人間、何にでも慣れられるのであって、明けても暮れてもハンバーガーばかり食べていると、そのうち奇妙な魅力をおぼえるようになる。


ふとしたはずみにうまいと感ずる一瞬があって、オヤと思ったりする。

そんなことが起こるようになるのである。

味覚は芸術なのだ。

してみれば、拘束と抑圧において発達する原理なのである。


『もっと遠く!』より

暴君、暴政、抑圧、格・・・


暴君、暴政、抑圧、格差などがあるとそのあとできまって料理が発達して美女が生まれるという奇現象が人類史にはある。



『最後の晩餐』
より

酒だろうと、香水だろ・・・


酒だろうと、香水だろうと、ハタまた文学であろうと、お粗末品すべてにつきまとうイヤらしさをよくよくおぼえておくのが上物を味得するもっともたしかな、狂いのない方法である。


日頃どれだけお粗末品をたしなんでいるかによってどれだけ上物の全域と真髄が察知できるかがキマる。


『白いページ』より

精神の疲労にはアルコ・・・


精神の疲労にはアルコール、肉体の疲労には糖分という原則があって、


鳥もかよわぬ源泉地点やギラギラ照りの洋上ではミツマメがポケット瓶よりはるかにありがたい。


『最後の晩餐』
より

ネズミ


ネズミ


ピアニストのような指をしている。

その肉は珍味である。

モルモットのフライは南米で、コウモリのスープはポリネシア諸島で、リスのパイはカナダで、また東南アジアでは揚げてよし、焼いてよし、煮てよしの三拍子で、争って食べられる。

蒙古の大草原ではタルバガンの水煮や蒸焼が珍味中の珍味である。

煮れば煮るほどうまくなり、冷めれば冷めるだけうまくなる。


『ALL WAYS』より

越前ガニ(雌)


越前ガニ(雌)


雄のカニは足を食べるが、雌のほうは甲羅の中身を食べる。

それはさながら海の宝石箱である。

丹念にほぐしていくと、赤くてモチモチしたのや、白くてベロベロしたのや、暗赤色の卵や、緑いろの "味噌" や、なおあれがあり、なおこれがある。

これをどんぶり鉢でやってごらんなさい。

モチモチやベロベロをひとくちやるたびに辛口をひとくちやるのである。

脆美、繊鋭、豊満、精緻。


『地球はグラスのふちを回る』
より

 ふるさとの宿 こばせ(開高丼)

越前ガニ(雄)


越前ガニ(雄)


殻をパチンと割ると、白い豊満な肉置きの長い腿があらわれる。

淡赤色の霜降りになっていて、そこにほのかに甘い脂と海の冷たい果実がこぼれそうになっている。

それをお箸でズィーッとこそぎ、むっくりおきあがってくるのをどんぶり鉢へ落す。

そう、どんぶり鉢である。

食べたくて食べたくてウズウズしてくるのを生ツバ呑んでこらえ、一本また一本と落していく。

やがてどんぶり鉢いっぱいになる。

そこですわりなおすのである。

そしてお箸をいっぱいに開き、ムズとつっこみ、「アア」と口をあけて頰ばり、「ウン」といって口を閉じる。



『地球はグラスのふちを回る』
より

 ふるさとの宿 こばせ(開高丼)

食べるあとあとから形・・・


食べるあとあとから形も痕もなく消化されてしまっていくらでも食べられ、


そして眠くならないというのがほんとの御馳走というものではあるまいか。

文学作品も、ほんとの名作というものは、

読後に爽快な無か、無そのものの充実をのこし、何も批評したくなくなる。



『最後の晩餐』より

食談も性談も皮一枚の・・・


食談も性談も皮一枚の差なのである。


性を忘れて食談にふける人も、食を忘れて性談にふける人も、

その識閾下にあるものはおなじであるように思われる。


『最後の晩餐』
より

カランゲージョ(カニ)


カランゲージョ(カニ)

忘我。白熱。憑依。惑溺。昂揚。沈潜・・・


アマゾン河の比類ない繊細さ。



『オーパ!』より